

今日2月13日は、1年前木曽の旧山口村が岐阜県の中津川市へ越県合併した日です。
あれから1年。旧村民の方達はどのような思いでこの日を迎えられたことでしょう。
合併問題に強い思いを抱いていた今井議員は、今日岐阜県民となってしまった皆さんとお会いしお話したり、山口村から中津川市になってからの暮らしぶりはどうか等を御自分の目で見たり聞いたりしてみたいとの思いで、合併まで何度となく足を運んだ感慨深い地を訪れるため朝出発していきました。
県会へも旧山口村からご挨拶に見えるようですが、私には、最後に知事の車に駆け寄った和服姿の信州に残りたかったご婦人が「知事さん。有難う!」と御礼を述べた、映画の1シーンのような光景がいまだ脳裏にはっきりと焼きついています。
岐阜県になってしまった今では、岐阜県で旧山口村の存在を発揮して、幸せな日々を送ってくださることを願わずにはいられません。
世界80の国・地域から選手が集まり、日本時間の11日に開幕したトリノ冬季五輪で、北安曇郡白馬村の出身である上村愛子選手が5位に入賞に、地元では健闘をたたえる声が上がりました。
長野オリンピックから8年.上村選手はお母さんや周りの方達に支えられ、幾多の困難を乗り越え、見事3D(立体系)に挑戦して、5位入賞を果たされました。
惜しくも入賞のメダルは逸したものの、手づくりの大きな金メダルをさげた上村選手の涙は本当に美しく、感動しました。
「3D(立体系)を跳ぶ選手はほかにもいるけど、あんなに格好良く跳べるのは自分しかいない」。と自分のすべりを誇らしげに可愛く振り返る上村選手の精神的な成長ぶりは実に爽やかで、困難を自分の力で乗り越えた「自信」が、金メダルより輝いて見えました。
今(現在夕方の6時30分)、旧山口村を訪れていた今井議員から電話が入りました。
今井県議の胸には、1年前の無念さと一抹の淋しさが再び甦ったようですが、村民(今は中津川市民)の皆さんは、まだ1年なのでいろいろと複雑な思いが交錯している様子との事。元気な皆さんにお会いできただけでも嬉しく、懐かしいお話が出来て本当に良かったとのことです。
旧村内を歩いた今井議員の目に飛び込んできたのは、旧神坂小学校の校舎。現在は使われておらず、テープで入り口のガラスに張られた中津川市立神坂小学校の貼り紙が淋しげだったとの事。
役場では10人くらいの職員の方々が働いておられ、前の生活環境課長さんがおられたとの事です。市の出張所の役割なので、村を動かしていた時のような実務は少なく、市との連絡所的な役割を果たしているようだとの事です。
信州馬籠でいたときは、子ども達も小さい頃から藤村を身近に感じ、教育もなされていたようですが、中津川市になってからはどうなのでしょうか?
木曽檜で生計を立てられていた方達は、何とかこれからも頑張ってやっていきたいとの事。信州に残りたいと活動をなされた方達は、この1年間元気も出ずにいたが、やっと今日皆と顔を合わせることが出来た方もおり、無念の思いを抱き続けながらいまだ辛い日々を送っている様子です。
元村長さんは、現在中津川市議会の副議長になられたそうです。
尚、県議会棟には合併推進派だった旧山口村の方々約40名がバスで善光寺参りと温泉入浴を兼ねて信州へ来られ、県議会議長等にご挨拶のため寄られました。
その中で、ある方が「田中知事があんな小さな村の合併を全国に知らしめてくれたので、中津川市でも馬籠・山口村のことを大事にしなければと感じてくれたようで、その点では感謝したい。まだまだ村内は「しこり」が残っていて、県庁へ寄るのも賛否両論だった」と述べられていましたが、知事とは会わず帰られました。旧地元の村上議員が皆様の対応をされておられました。いらしたご婦人が、県庁内を歩きながら「何度も合併するよう陳情に来た県庁に今こうして来ているなんて何か不思議な感じがする」と話しておられましたが、今は岐阜県民となり、きっと本望だと思われます・・・
全てが夢のような思いです。
信州馬籠・山口村をこよなく愛した今井議員の心境を思うと本当に複雑です。

晴天の本日、しなやか会の総会が松本で開催されました。
会場は、県内各地や県外からの参加者が300名近く訪れ、熱気で満たされました。
知事のご両親もお見えになっておられ、笑顔でご挨拶されておられました。
総会で、穂苅会長は「田中県政は住民と県行政の距離を一気に縮め、県民益のために精根を打ち込んできた。さらに支援をお願いしたい」と挨拶。
その後、知事は1時間余の講演で県政の現状や県財政改革の成果などを説明されました。日頃報道では知りえない県政改革の説明等があり、参加者は熱心に聞き入っていました。
講演会後、参加者との懇談になりましたが、幾つかの質問と共に「田中知事には来期も頑張ってもらいたい」「県政改革を後戻りさせないで」等のエールが多くの人から寄せられました。
知事は「私は日々県民のために現職の知事として奉仕させていただく」と話され、立候補するかどうかという事は明言されませんでした。
参加者から、「地域の保健所の職員の方が「いらっしゃいませ」と気持ちよく挨拶し迎えてくれ、何年か前と比べ、雰囲気がまるで変わった」「行動力のある身近な職員になった」「今までの行政職員は命令口調だったのに優しい感じになった」「何をやっているのか箱物行政では形が残り判断しやすいが、教育・福祉・環境等は目に見えにくく、それらの改革がなされているのに報道されていないので県民には解らない。どうしたらよいのか」「知事に当選したときにご両親から、県民に仕える知事になりなさい。といわれたとおり,公僕として心から県民に仕えている姿に感謝している」「仕事というものは金ではなく、人の役に立つしいう事が大事」等々たくさんの意見・感想・要望が出されました。
今井議員は地元の多くの方達と共に参加。島田議員は地元での結婚式を終えて、懇親会に和服姿で駆けつけてきました。懇親会も皆さん知事を囲んで和気藹々と楽しいときを過ごしました。
立春が過ぎ、陽射しが明るく暖かくなり、日没時間も延びて春の気配がかすかに感じられるようになりましたが、まだまだ氷点下の日が続き寒さが厳しい信州です。
本日は雪も降ってきました。
2月22日から2月定例会が開会となりますので、2週間前の議会運営委員会が午後から行われ、今井議員がオブザーバー参加しました。
★協議事項は下記の通りです。
1.知事提出議案について
2.会期及び議事進行について
3.議事方式について
4.本会議への理事者の出席要求について
5.議員派遣の決定について
6.その他
★2月定例会の会期及び議事進行は下記の通りです。
2月22日(水) 午後1時開会 知事提案説明
2月23日縲怩Q7日 議案調査のため本会議なし
2月28日縲怩R月2日 各党派代表質問及び質疑
3月3日縲怩P2日 一般質問及び質疑
3月13日縲怩P7日 各委員会
3月20日 議案調査のため本会議なし
3月22日 付託案件全部各委員長報告・採決
3月23日縲怩Q4日 役員の選任
3月27日 役員の選任・閉会
又、本日は午前から午後にかけて県会調査特別委員会(百条委員会)が開かれ、知事後援会元幹部による「働き掛け」記録文書の破棄をめぐる事実認定等が行われました。
認定に反対した共産党の石坂県議、毛利県議、あおぞらの林議員の意見として「知事が破棄を命じたのかどうかは証拠がなく、推測の域を出ない」状況であっても、多数決では認定されてしまうのですから、知事が、「『議会は事実よりも奇なり』と言わざるを得ないことに深い哀しみを覚えるところであります」と述べられる心情も理解できました。
夜上田にて、現在真田町の四阿高原に建てている『らいてふの家』の様子を見に来た「原始女性は太陽だった」の「平塚らいてう」の会の会長米田さんや会員の方達と懇談会をしました。
『らいてふの家』の建設にあたっては長野県議会の女性議員さんたちも協力し、殆んど完成に近い状態になったとの事。雪が溶ける5月頃お祝いをするそうです。
「らいてうの心」が感じられる素敵な建物が建ったそうです。
信州長野県、新上田地域をよくする女性スタッフの皆さん(設計した女性設計士の皆様)もご一緒で建設までの苦労話を楽しく話しておられました。
島田議員は、「地球は『生命ーいのち』の『塊ーかたまり』です。一つ一つの「生命ーいのち」がつながっています。
子供を生み育てる力は地球の「生命ーいのち」のつながりの源です。
女性が輝く時代です。時代が求めている女性の「愛和」の行動力が楽しみです」との感想でした。
今井議員も、以前から関わりを持っていたので『話に花』が咲きました。

今日から2月。新年を迎えたかと思ったら、早1ヶ月が過ぎました。
曇り空から信州では珍しい『2月の雨』へと変わりましたが、やはり夕方からは雪になりました。
本日長野県議会主催で、夕方6時から佐久合同庁舎講堂において、『第7回 こんにちは県議会です! 竏注。がスタート! 魅力ある高校づくり竏秩xが開催され、佐久地域から選出されている6名の県議会議員が参加されました。
「トライアルしなの」では今井議員が地元議員ですので、事務局も政務調査活動のため参加しました。
佐久平駅に降り立つと、花びらのような大きな雪がふっており、辺り一面銀世界でしたので参加者に影響が出るのではないかと心配しましたが、テーマが今もっとも地元では問題となっている高校問題ですので、会場には200名以上の溢れるばかりの人が集まりました。その中には、第二通学区の高校改革プランの対象校となっている野沢南高校・望月高校の生徒も多く、高校改革プラン推進委員会が結論づけた高校再編(案)に対し要望等議論が交わされました。
内容は、まず地元議員代表挨拶(寺島議員)、長野県議会萩原議長のご挨拶があり、そのあと3議員から高校改革の経過、今回の高校改革プラン推進委員会の開催状況の説明、県議会のこれらに対する取り組み状況について説明がありました。説明後、会場の参加者との懇談会に入りました。
第二通学区(東信地区)では、野沢南高校が多部制・単位制に転換、望月高校と蓼科高校を統合という報告案がまとめられています。それに対して同窓会長さんや委員の方、市議会議員、在校生、その他たくさんの方々から次のような意見が出ました。
・もうすぐ100周年を迎えようとする歴史ある学校が何故対象校になるのか。
・(第二)推進委員会を何度か傍聴したが、県民の声を聞くことなく一方的に進められており、進め方には胃が痛むほどストレスを感じた。
・「多部制・単位制」という学校形態がどのようなものなのか地域が理解しないまま対象校になった。
・どうしても「多部制・単位制」が必要なら、長野市や松本市等の大都市で試してみたらどうか。
・この地域にどうしても必要ならば、1クラスだけ試験的に単位制・多部制のクラスをつくってみてからでも遅くない。
・生徒が出した質問状に対し、教育委員会は曖昧な答え方でストレートなこたえ方をしていない。(野沢南高校生徒会)
・県教委と生徒との話し合いの機会を設けて欲しい
・今日この会場に、望月高校から30名もの生徒が参加したが、これこそ望月高校の魅力ではないか
・通学に関する交通の利便性が高校の魅力のひとつに挙げられていいのか
・魅力ある高校づくりのために県議会は何をしてくれるのか。
・現在の89校を保ちたい。県民がノーと言っていることを何故やるのか。
・佐久市議会でも支援をお願いしたい。県議会としてはどのようなケアをしてもらえるのか。
・2年3年掛けて本当に魅力ある高校とは何かを審議して欲しい。
・10年先まで生徒は減らないのに、高校改革が政争の具として使われている
(これほど急いでやるのは何かあるのではないか)
・対象となる学校名が出た事により、全県下の議論になっていない。
・校名が挙げられた事により,志願者数に影響が出ている。
・対象校とは直接関係はないが、何か出来ることがあったら応援したい。我々に何ができるのか。
等々、活発な意見があった中で、県議会は、『高校再編は最終的には条例改正の手続きが必要であり、県議会としてチェックがかけられる。皆さんのご意見を反映させたい』としめていました。
本日は殆んどが野沢南高校と、望月高校の関係者の方々が多かったので、対象校として名前が挙がってしまった悲壮感・切実感が伝わり聞いていて心が痛くなりました。
89校全てが存続できることが理想なのですが、『何故減らさなくてはならないのか』という原点を考えるとき、少子化問題だけではなく、県財政の厳しさをどう解決していけるのかが大きな課題だと思います。
まず一般県民に、高校改革の必要性の根本的なところが理解されない限り、本日の発言の中にあったように、知事の思惑(卒業生の個人名を挙げて)で対象校を決めた等、知事批判と県政批判になってしまうのではないかと思いました。
今井議員は、多くの生徒達が参加しているので誤解のない様にという前置きで、「先程『高校改革プラン』は『政争の具』として行われているというご意見がありましたが、決してそのような事ではなく、又、田中知事の一方的な考えでやっている事ではないので誤解の無い様に」と、最後発言されていましたが、あの場できちんと発言できる今井県議はさすがだと思いました。
「高校改革」は、本当に厳しく難しい問題だと思います。

飯山市では、豪雪対策として今回の雪害を教訓とした「飯山市の克雪地域づくり」に取り組み、体制が解りやすく図式化されていました。それは、地域が担う対応と行政(飯山市)が担う対応体制を通常時・大雪時・豪雪警戒時・豪雪災害時・臨時的、緊急避難的、棄権回避的支援時と段階的にわけてあります。
「備えあれば憂いなし」の諺通り、常に皆の意識の中に緊急体制が描かれていれば、対応がスムーズになると思います。
以下は飯山市の国と県等への要望事項です。現場の声として真摯に受け止め対応をお願いしたいと願います。
豪雪対策に関する要望事項
国等への要望
1.除排雪経費に係る財政措置について
(1)除雪経費に対し特別交付税による財源措置を講じること。
(2)市道の除雪経費に対し国庫補助金による財政支援を講じられたい。
2.公道を走行しない除雪機の税の減免について
公道外で使用する一般家庭等が保有している除雪機は軽油取引税が一律に課税されているが、農耕車・船舶と同様に課税の減免措置を講じられたい。
3.弱者世帯の雪下ろし等について
災害救助法の適用期間の延長について柔軟に対応されたい
4.気象観測記録について
市が単独で設置する観測所の観測記録を公式採用され、交付税・補助金・広報等に反映されたい。
県等への要望
1.雪害救助員制度の予算枠の拡大及をお願いしたい。
2.市道10―110―1号線への雪崩防止柵の設置について
本市道は、桑名川地籍と羽広川地籍を結ぶ幹線道路でありますが、雪崩の恐れにより、昨年12月14日から通行止めにしています。早急に防止柵の増強措置をお願いしたい
3.要救援者世帯の雪下ろし除排雪及び幹線道路・生活道路の除排雪のための重機等(ロータリー、パワーショベル、バケットドーザー、ダンプなど)及び当該オペレーター、並びに雪下ろし要員について、芙即時の確保支援をお願いしたい。
4.要救援世帯の実態把握及び支援活動のための活動車(4WD軽自動車)について
災害緊急時における貸与をお願いしたい。
5.気象観測記録について
市が単独で設置する観測所の観測記録を公式採用され、交付税・補助金・広報等に反映されたい。
野沢温泉村では、観光地という土地柄、お客様に来て頂いて生活が保てる地域ですので、安全に来られるよう除雪等に心がけ努力されているように感じられましたが、適正な報道で客足に過剰な反応が出ないようにして頂くことも観光地としては重要な事だと感じました。立派な村役場からは、スキー場の様子も良く見え、温泉街の様子も確認できるよう設計されていました。又、積雪状況がリアルタイムでわかるようカメラが各所に設置されており村長室から現状把握が出来るようになっていました。
今回の視察で、雪国の人の粘り強さを特に感じることが出来ました。
本日行われた百条委員会は、午前中から夜7時頃までかかり、事実関係や違法性の有無の『認定』の採決が行われました
知事が、当時の県下水道課長らが記録文書を破棄、公開しなかったことについて、「破棄しようとしていることを知りながら阻止の指示も出さず、情報公開を指示することもなく容認した」と賛成多数で『認定』したとの事です。『認定』は多数決で決める事が定められてはいますが、結果は当然予測されることであり、報じられているテレビ画面を見ていたら、何か逆に不可解さを感じたのは私だけでしょうか・・・?
以前、一般県民の方から百条委員会は何のためにやっているのか解らないとのご意見を頂きましたが、多数決で『認定』している様子を見ていたら、一般県民の私にはやはり良く解りませんでした。

本日、会派では近年にない豪雪で対応に苦慮された県北部地域の現地調査を行ないました。
ここ数日雪が降り、特に23日(月)は前も見えないほどの猛吹雪で新たな積雪があったという情報から、飯山線に乗り電車で現地へ向かいました。ひと駅ごとに雪が深くなり、飯山駅が近づく頃にはまさに雪国。
幸い、本日は晴天で穏やかな日となり、真っ白な雪が青空に映えて眩いほどに美しかったですが、この「雪」が原因で、多くの尊い命が奪われ、今冬の前半で死傷者は既に県内で106人。建物被害は、積雪による倒壊で全壊が21棟、一部損壊等が37棟、除雪した雪による水路の溢水等による床上床下浸水の被害が11棟も発生しています。
飯山駅に降り立つと、駅構内に雪の壁ができており、駅前は温水による除雪がなされていました。飯山駅には、本日の現地案内をお願いした余頃さんが迎えにきて下さっていました。余頃さんは、広島県の生まれですが、自然が大好きで、千葉大学を卒業してから、資源循環型社会の構築としての森林業(新林業)の構築、新たな森林文化の創出、森林環境教育の推進、新しい観光資源を森林に求め、地域活性化と山村経済基盤の確立の一助となるためのグリーンツーリズム等を目指すNPO法人の「フォレスト工房もくり」で活躍されている方で、飯山市に住み始めて10年になろうとしています。
まず市街地での状況を視察した後、余頃さんの計らいで災害見舞いを兼ね、実状把握や要望等をお聞きするため市役所をお訪ねしました。丁度、木内市長はお出かけするところで、助役、総務部長、総務課長が対応してくださいました。
「自衛隊が派遣されたあの頃は、来る日も来る日も雪で、何とか雪害が起こらないよう地域の力で最大限努力し、個人個人も皆最大限努力したが、まだ雪が続きそうとの予想の中で【もう,駄目だ。これ以上は耐えられない】と極限状態に近い状態だった。それだけに、自衛隊や全国各地からのボランティアの方々・県職員・県警等の協力がどんなに有り難く嬉しかったか。本当によくやっていただいて助けられました」と感想を述べておられました。
雪国では雪が沢山降ると、家が重圧のためキシキシ・ミシミシという音をたて、その不気味な音を聞いていると、家が壊れてしまうのではないかという不安感・恐怖感と、何ともいえない切迫感に苛まされ、特に弱者(高齢者・1人暮らし・身障者等)の方々は大変だったと思う。高齢者の中には,「死んでもいいからここにいる。」と自宅から出ようとしない方もおり、危ないから避難するよう説得するのも大変な仕事であった。
雪の場合は一部地域ということではなく、広範囲に降るので、困っている人の家を助けに行きたくても、自分の家も壊れてしまうので雪下ろしをしなくてはならず、地元の力では助けたくても限度がある。外部の協力がなければもっと大きな災害になっていたと思われる。近年にない降雪量だった上、飯山市内110集落の区長・自治会長が新年で変わったばかりという状況も重なり、実態把握するのに時間を要してしまったという事もあり一時はどうなるかと思った。精神的に追い詰められていたので、危機一髪のタイミングで、自衛隊が全国初の出動で救援に来てくださり本当に安堵したとの事でした。
又、飯山市内でも、報道されているアメダス飯山観測所がある小沼地域とくらべ、市独自で設置している岡山観測地点では積雪量が2メートル以上も多く、栄村や津南町を上回る積雪量があるとの現状を、資料のグラフをもとに説明を頂き、飯山市の積雪深データで、過去の積雪深との比較グラフからも今回の大変さが伝わりました。
今回の雪害を教訓として、自治防災組織のようなものをきちんと確立したり、実情把握を正確にし、今後に備えて「行政」として「地域として」力をつけていきたいとの事でした。雪国での様々な思いはその場にいなければ解らない想像を絶する思いと現実があるという事を、皆さんのお話を通して感じました。
お世話になった自衛隊が引き上げるときに,隊長さんが,飯山市役所や飯山市民の皆さんからとてもよくしていただいたと感謝の言葉を頂いたときは大変嬉しく感動したとの事。困ったとき助けていただく有り難さを飯山の方達は強く感じられ、「人」と「人」のつながり・真のコモンズの大切さを実感されたことでしょう。
雪国の人間は我慢強く、長年我慢に我慢を重ねて耐えているので、救援をお願いする時は本当にどうしようもない大変な極限状態の時であると理解をいただけると有り難いとの事でした
皆さんの労苦をねぎらい、「災い転じて福となす」よう、次へのステップにして欲しいと両県議からの要望も伝え市役所を後にしました。
突然でしたが、飯山市街地にある宮本県議の事務所へも寄らせていただき、議員や奥様から実態をお聞きすることが出来大変参考になりました。
午後は、野沢温泉村と栄村を視察し、それぞれの村役場で両村長から説明を頂きました。両村とも、長い年月の積み重ねで除雪には慣れているとはいえ、今回の事態は本当に大変だったことが感じられました。
栄村では、毎年雪害対策用員として、12月15日から3月31日までの期間だけ、他と労働契約を結んではいけない条件で15名雇用しているそうで、12年には高齢者や1人暮らし等、自力で除雪できない戸数が46戸だったが、現在は174戸あり、15名では1人あたり10戸以上を守らなければならなくなったとの事。姉妹都市の武蔵村山市からは、保健士さんや看護士さんが来て下さり、お年寄りの話し相手になっていただき老人達は雪で真っ暗な中に閉じ込められたような環境に何日間もいたので本当に嬉しかったようだ、有り難かったと感謝されていました。
それぞれ説明を頂く中で、自律するコモンズ精神の気概のようなものを感じ、深い感銘を受けました。
“百聞は一見にしかず”の諺どおり、本日は、見て・聞いて・感じた視察となり、本当に良かったと思いました。
雪国の視察は、雪の降る日に行き、連日降り続けるような状況の中で何日か滞在し、雪下ろしの大変さ、恐怖感を体験しなければ、真の視察にならないかも知れません。
余頃さんは1人暮らしですが、近所に住む80歳を過ぎたお年寄りが雪かきを手伝ってくれ、熟練した技に感心すると共に、雪国の人の働きぶりに敬意を表していました。